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2004-11-23

_ [雑記] 奇跡の療法

 「奇跡」と言われてまず思いつくのは奇跡の詩人日木流奈、という非常に偏ったアナタに、今回は奇跡の療法とか言い出している奴等の話。

 というのは『EMDR…これは奇跡だろうか』(季刊 こころの臨床 a la carte第18巻1号)の話。EMDRってのの説明は私がするよりもオフィシャルな説明の方がいいと思うのでそっち見て。EMDR Network Japanの公式?ページ。

 この治療法の効果については触れない。私が違和感があるのはこの題名。「これは奇跡だろうか」だよ。とても冷静な判断力のもとにつけたとは思えないこの題名。とてもじゃないが治療効果を公平に判断している印象は受けない。このような題名が通ってしまったこの療法の推進者たちの(当時の)状況というのを考えるとぞっとする。自分を客観視できないムーブメントとは恐ろしいものである。我々はそれを文化大革命に代表されるような様々な共産主義運動で目にしてきた。

 ちなみに中身は、以前立ち読みしただけだが、おおむねまともな印象ではあった。ただ一編だけ、この療法の科学性を主張している論文があってそれがまたトンデモ系であった(ちょっと今目次見てもどれだか思い出せないが)。普通こういう療法の科学性と言えば、まず対象となる症状の発生メカニズムの実証的論理的解明、そしてその結果わかった原因または発生メカニズムへの、療法の影響の実証的論理的説明、そして治療効果の十分な再現性の説得力を持つ科学的な実証(二重盲検法とか色々使ったやつ)といったものがそろって初めて主張できるものである。ただこういう心理療法は、なかなかそう言ったものはそろえられないので治療効果だけでもまあありかもしれない。

 ところが件の論文はそのどれでもなく、EMDRという療法の手順というのは定式化されていて再現可能だから科学的である!と述べているのだ。先にも書いたとおり再現可能であるべきなのは治療効果。手順が再現可能だとか言ったって普通再現可能なものを手順と呼ぶのだよ。

 

 まあ新しいものが発生したときには、こういうとんちきが現れるのは仕方ないのではあるが、現在ではその様な熱狂についてはそれなりに違和感と言うか距離感はおかれているのだろうか。偏見で語るが心理療法家なんてのはそう言うのに対する耐性ってあまりないような気がする。

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